乳がんカフェ

2017年大きなシコリが出現し乳がん摘出手術を受けました。乳がん手術を終えても怖さはいつもどこかにあります。まだ慣れないシリコンおっぱいと共に、ひと息つきながら経過を綴っていきます

乳がん腫瘍マーカー測定拒否からの精神科 

 

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腫瘍マーカーを拒否し、再就職のこと、お金のこと、親の問題、PET -CTで赤く光っていた子宮、高値の腫瘍マーカーCA15−3、頭の中に浮かんだ胎児の姿、次から次へ浮かんでくることを考え眠れることなく朝が来た。

 本当にやって来た精神科医

 朝食後部屋でコーヒーを飲んでいると精神科医がやってきた。まさか、本当に精神科の先生が来るとは思ってもいなかったので驚いた。だって転院前のM先生に診てもらう、弟に相談する、精神科に相談するかの3択で、消去法で残るは『精神科』だったから。

何を聞かれるの?まさか、頭の中に浮かんだ胎児の姿が担当医に見透かされて精神科?と警戒しながら先生に挨拶をしたが、失礼ながら、どう見ても先生の方が心に闇がありそうだった。「眠剤が効かないようですね?全く眠れませんか?」と聞かれ「朝方30分ほど眠れます」と答えると、すかさず「今飲んでいるその飲み物は何ですか!」とマグカップを指を差した。コーヒーだと答えるとコーヒーの覚醒作用について難しい話をされ、しまいにはさっき、自分もコーヒーを飲んだから手が震えてると手の震えを見せられた。先生は何故に飲んでしまったの!?と疑問を抱きながら「わかりました。ノンカフェインにします」と話を終わらせ精神科の先生は出て行った。

たまたま消毒に来た看護師さんもドアの入り口で精神科医の話を聞いていて、先生がいなくなった後「なに?なに?え?先生の方が手の震えヤバイよね?」と看護師さんの言葉で笑いになった。

 なんで精神科の先生来たんだろう?と看護師さんに昨夜の担当医とのやり取りを伝えると「毎日眠れてないでしょう?おそらく担当医が出せる眠剤は限られてるから、それ以上強い薬を出すためには精神科医の診察が必要だからだと思うよ」と説明された。その夜、新しい眠剤が出されたが変わらず眠ることなく朝を迎える。

 

2人目の精神科医登場 

ナースステーションの目の前の私の病室。毎晩電気は消すことなく巡回や、深夜ドレーンの廃液を回収に来る看護師を起きて出迎えていた。新しい眠剤が処方されても変わらない夜を過ごし翌朝、別の精神科の先生がやってきた。「眠れないなら、寝なくてもいいと思うんですけど・・」と私自身、寝れないことにストレスを感じていないことを伝えたが「あの薬で寝れませんでしたか?」と会話は交わらず、薬を飲んだ時の症状などを聞かれ先生は部屋を出ていった。精神科の先生って話やすいイメージをもっていたけど違った。その晩、また違う眠剤が出された。

 

睡眠薬の副作用?

 どの眠剤を飲む時も、ナースコールをして看護師に伝えてから飲む。新しい眠剤を飲みしばらくして眠りにつけた。1時間ちょっとの眠りで体がゾワゾワとしてベッドから飛び出す。薬で体がフラつき、手をついて転ぶ。フラつきながら冷蔵庫の500mlのペットボトルを飲み干す勢いで飲んだ。水を飲んでも顔を洗っても体の中から滲み出るゾワゾワとする気持ち悪さ、怖さが止まらない。看護師さんに暖かい湯が飲みたいことを伝えダイニングルームへ行く。薬が効いているからだろう体が重かった。ダイニングルームでお湯を冷ましながら口にし気持ちを沈める。部屋に戻り薬袋に今ある症状を書きとめた。

 

封印していた記憶と麻酔の無音

 落ち着きはじめた頃、昔の記憶が思い出されていく。私は昔、突然、耳が聞こえなくなったことがある。それは覚えているというか、知っているというか、自分の身に起きたことではなく、他人事のように、そういえば耳が聞こえなくなったことがあったくらいに記憶の隅においておいたものだった。だから耳が聴こえなくなった原因はどうして?なんて思い出さずに過ごして来た。

 過去の記憶が返ってくる。激しいショックで一夜にして耳が無音になった。左耳だけは少しだけ拾える音があった。耳が聞こえなくなる前夜、突然の激しい眩暈で砂利道に顔面から倒れ込んだ。その次の記憶は家にいる。どうやって家に帰って来たかは今も思い出せない。目が覚め、音が聞き取れない世界は恐怖だった。耳の聴力は時間が勝負と聞いたことあり、病院へ急いだ。処方された眠剤、安定剤の副作用なのか悪夢を毎晩見続けた。今回の手術で麻酔がかかる時、耳の感覚がなくなってくことが怖く感じたのは、あの時の恐怖と重なったからか?睡眠薬をいくら飲んでも眠ないのは、悪夢を見るという抑制でも働いていたのだろうか。

 

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